- 会社名
- 有限会社 蔵王の昔飴本舗
- 所在地・工場住所
- 〒989-1201 宮城県柴田郡大河原町大谷字稗田前39-3
- 電話番号
- 0224-53-1136(代)
- 資本金
- 300万円
- 代表者名
- 佐藤 敏徳
会社概要
沿革
- 昭和35年
- 仙台駄菓子(有)日立家に5年間の修行後、駄菓子飴の技術を得て柴田郡大河原町(出生地)に於いて、佐藤 敏雄が個人経営により飴菓子製造業を創業。
- 38年9月
- 主に宮城県南、近隣市町村の小売店用に、べっ甲飴・黒飴の主力製品を卸、製品を多数販売して取扱店が増えます。
- 42年9月
- 個人経営所の屋号を蔵王の昔飴本舗とする、と同時に商標の登録を取得する。仙台駄菓子太白飴を独自製法でソフト太白飴・ソフト醤油飴を発売する。
- 44年3月
- 大河原町字中屋敷前(現在の山崎町自宅)工場を増築する。
- 46年10月
- 自動ツイスト包装機(個包装機)を購入する。東京からの問屋卸業様に商品の供給量が増え生産量が過去最高になる。
- 49年9月
- 同町、稗田前地区に新工場予定地を導入する。
- 51年9月
- 蔵王の昔飴本舗を法人設立し有限会社蔵王の昔飴本舗に組織変更
- 52年9月
- 菓子卸売業の(株)サンエス様とのお取引を開始する。本格的に流通飴菓子として、量販店様とお取引が始まる。
- 53年10月
- 稗田前工場完成し製造、営業の業務全てを移す。サイジングロール・球型切断機・計量器・金属探知器等を導入する。(株)鬼わさび本舗様(東北自動車道上り国見SA)とお取引が始まる。
- 53年10月
- 販売地区を東北広範囲に販路拡大する。
- 60年10月
- 沖縄黒糖と天然玄米黒酢を使用した黒酢飴を発売する。
- 61年6月
- 未来の東北博覧会に出店し飴の製造実演を行う。
- 62年2月
- 自動ピロー包装機を導入する。
- 平成3年
- 仙台飴を復刻し袋飴として発売する。
- 平成8年4月
- ハーブの町興し大河原町に「ハーブ菓子研究会」が発足。弊社も会員として活動に参加。
- 平成9年
- 材)蔵王酪農センター様のご依頼により、クリームチーズ入り飴を製作し製品化
- 平成10年
- 全国菓子博覧会・岩手大会に仙台飴を出品。
- 平成14年2月
- 県南の創業300余年、醤油醸造蔵元の本醸造醤油だけで製造製品化した「蔵王の醤油蔵飴」を販売開始。
- 7月
- 全国菓子博覧会・熊本大会にブルーベリー飴を出品。
- 平成16年6月
- 代表取締役 佐藤敏雄が会長へ就任し、取締役常務の佐藤敏徳が代表取締役社長に就任
- 平成19年2月
- 山形県で古くからダシ入り味醤油醸造場・㈱紅谷醸造場様のベニヤ醤油を使用いたしました商品「味醤油飴」を製品化し、山形県の量販店㈱ヤマザワ様オリジナル商品とし販売開始。
- 平成20年2月
- 桜百景に選ばれた、一目千本桜の町大河原で桜の花を飴に入れた「慶桜飴」(よろこびさくらあめ)を販売。同時に商標を取得する。
- 6~10月
- 大河原商業高等学校の生徒様と、地元の梅で梅飴の商品化研究を進める。同時に宮城テレビ番組「OH!バンデス」より製品が出来るまでを追った取材をうけ放送されました。
- 11月
- 梅飴の商品名を全国一般応募し、大河原商業高校・大河原町・宮城大学教授・生産者・加工業者等の代表者様により「うめ輝らり」に決まる。再度「OH!バンデス」の取材をうけ放送されました。
- 平成21年1月
- 「うめ輝らり」の発売開始、
- 2月
- 株式会社ヒルズ様の濁酒「女桜」(大河原町がどぶろく特区取得済み)で飴を製造する。8月に製品化し販売開始する。
- 平成22年2月
- 合)顔晴れ塩竃様が塩竃沖のホンダワラ(海藻)から造る藻塩で「塩竃の藻入り塩飴」を製造し製品化販売する。
- 10月
- 明成高校(仙台市)がプロデュース致しました「仙台味噌」で味噌飴製造依頼があり、製造。APEC仙台で配布し、地元新聞記事に掲載される。



